罰則条項


「貴方はこれ以上響也に何を吹き込むつもりですか?」
「いきなりなんだい、センセ。」
 成歩堂は気怠く座った後に、一応驚いた表情を作ってみせた。それがわからない霧人ではない。睨め付けるような視線返す。しかし、反論する様子は無かった。
 それは、成歩堂がじっと視線を送っても変わらない。だらりと両手を膝の間か垂らし、硝子に顔を向ける。猫背気味に屈めているせいで、上背のある霧人が身長差以上に、成歩堂を見下していた。
 面会室に落ちた沈黙は、それすら駆け引きでもあるかのように、ふたりは唇の端すら動かさない。喧噪を離れた隔離された場所。物音すらない空間は、時間を停止しているようだった。
 しかし、永遠に続きそうな沈黙を規則が遮ぎる。
 やれやれと、言葉を発した成歩堂は椅子から身体を持ち上げる。また、来るとだけ告げて歩き出そうとして、再び腰を低く屈めた。
 机に腕を置き、硝子の向こうで難しい表情を崩さない美貌を覗き込む。そうして、『でもね』と成歩堂は言葉を続けた。

「牙琉先生も、いい加減弟離れをした方がいいじゃないかな? 彼は君の身体の一部じゃあない。」

 どんな台詞を期待していたというものでもないだろうが、霧人は一瞬息を飲む。それから、眼鏡に指先をあてて軽く左右に頭を振った。
 彼に絡まったままで固く閉じられたサイコロックを未だに気にするようなつき合いでもない。けれど、みぬきを持ち得ない成歩堂が一瞬彼の手の甲に悪魔を見た気がして、目を眇めた。面会室の空気が緊張したと思ったは、何故だろうか。
 しかし、どうやら成歩堂の考え違いのようで、霧人はその指先から白い煙でも見えそうなほど深い息を吐く。
「……馬鹿な事を。小さな子供でもあるまいし、響也はもういい大人ですよ。」
「そりゃ、まぁ。認めるけど…ねぇ。」
 ひと含み有りそうな成歩堂の口振りに、霧人の綺麗な眉がぐっと中心に寄る。縦に刻まれた深い皺は、綺麗な貌立ちを迫力あるものへと変えた。結局のところ、出し抜く事が敵わなかった相手に、霧人は露骨な不快感を顔に乗せた。
「貴方…一体。」
「違うなら、いいんじゃないか。」
 今度こそ、とくに気にするでもなく成歩堂は霧人に背中を向けた。


「また、逢ったね。」
 拘置所を出た成歩堂は、デチャラチャラとなる鍵の音と共にその声を聞いた。見れば、ハート型のキーホルダーを指先で玩びながら、響也がこちらを見ていた。
「ああ、また逢ったね。」
 にへらと笑えば、ぐっと息を飲む。子供のような悪戯を思いつき、成歩堂を待っていたに違いない。けれども、この程度の事で対処に困るような歳でもなく、可愛い子供の悪戯は、やっぱり可愛いとしか思えない。

 …ああ、王泥喜君ならもっとリアクションがあるだろなぁ。
 そんな事を感考えてぼんやりしていると、おい、無視するなと罵声が飛んだ。
「ごめん、ごめん…で、用なの?」
 用事なんかあるはずがないと知って問い掛ける。再び、喉に何かが詰まったような表情を向けていたが、指先のキーホルダーに視線を向けた。
「こ、この間世話になったから、送っていってあげようかなと思っただけだよ。」
 うんと自分に頷いて、納得させる仕草がなんとも、可笑しい。
「何笑ってんだよ、アンタ。失礼だぞ。」
「いや、まぁ…ね。響也くん、バイクなの?」
「車だよ。」
 兄貴に持ってくるものがあったから。そう付け加えるのを聞き流し、残念だなぁと言ってやる。無防備に、何がと尋ねてくるから両手をわきわきと動かしてみせる。
 二輪に二人乗りとくれば、腰を密着させて背中から抱きしめる形だ。途端、有らぬ記憶が蘇るのだろう瞬時に、顔が紅潮した。
「あ、アンタとタンデムなんか、絶対に、するもんか!」
 痴漢乗っけて走った方がまだマシだと言われれば、それは酷いだろうと成歩堂は笑った。


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